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2014年3月21日 (金)

春分

今日は俳句の先生の日でした。

人の句を勝手に添削することはもっての外ですが、
自分が見たこと、感動したことをどうやって
俳句という形に落とし込んでいくのかわかってもらうために
敢えて添削をしました。

もちろん、どういう状況で、どういうことを詠みたかったのか
しっかり聞いたうえで。

その中で「私の元の句は平凡で、すみませんね」
とおっしゃった方がいて、
改めて「平凡じゃいけないのか」ということについて
考えてみました。

平凡=みんなと同じ、ととらえると
私の答えは「いけない」です。

自分が見たこと、聞いたこと、感じたこと、
それが人と全く同じなんてありえない。
あるとしたら、しっかり味わっていないということです。

「桜がきれい」の背後にも、
みんなと飲んでいて楽しい、故郷の桜はきれいかな、
やっと見ることができた、
などなど、それぞれ背負ってるものが違うのです。

そこに、その人らしさが現れるのです。

俳句を人生や仕事に置き換えても同じことです。
みんなと同じだったら、自分の存在意義なんかない。

いかに自分らしさを見つけるか、
それを形にしたのが、俳句であり、人生・仕事であると思います。

今日は変な雲の出方をしていて、ちょうど途切れた時
遠くの峯がきれいに見えていました。
まるで何か大切なものを見つけたかのように。


20140321


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