« 2011年3月 | トップページ | 2011年5月 »

2011年4月

2011年4月30日 (土)

桜餅

桜餅

昔叱られ

たことなど

私は子供の頃から桜餅が大好きだった。

桜餅というのはだいたい、5,6個くらいパックに入って売っている。だから、1個食べてまだ大丈夫と思って2つ目に手を伸ばそうとすると、怒られた。

そんな昔のことを思い出す。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2011年4月29日 (金)

ソーダ水

引継書

たんとしたため

ソーダ水

昨年部署異動になった。3年前から異動希望をしていてやっと異動できたので、嬉しくて仕方なかった。

異動に備えてずっと前から引継書を書いていた。ためにためて160ページも書いた。

書いたら後はもう「ひとごと」なので、すっきりした気分。

2010年

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2011年4月28日 (木)

春闘

カルシウム

多めに摂って

春闘へ

私は組合代表でもなんでもなく、春闘は傍観者なのだが、骨密度が低くていつもカルシウムのサプリメントをたくさん摂っている。

カルシウムを摂ると、何か力が湧いてがんばれそうな気がする。

たまたま春闘の時期だったのでふっとできた句。

2007年

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2011年4月27日 (水)

雪が降る

我は故郷に

帰りけり

これは俳句を始めたばかりの頃に作った句で、うまくも何ともないのだが、私の故郷は函館で、年末に実家に帰ると雪を見て「あぁ、帰ってきたんだな」といつも実感する。

私にとって雪は特別な存在なのだ。

1997年

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2011年4月26日 (火)

掃納

掃納

捨てずにおいた

恋のあり

掃納(はきおさめ)とは、年末のお掃除納めのこと。

この時にいろいろと物を捨てるけれども、そのときの私には捨てられない恋の思い出があったのだろう。・・・誰のことだったか全然思い出せないが。

1999年

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2011年4月25日 (月)

梅雨に入る

賽銭の

勘定始め

梅雨に入る

これはどういう状況かというと、神社でお参りをしていたら閉門の時間になった。閉門の時間と同時に、お寺の人たちが何人かやってきてお賽銭入れの鍵を開け、我々の目も気にせずお賽銭をザザーっと小箱にあけたのだ。

それがとても俗っぽい行為で興ざめだったのだ。

せめて我々がいなくなってからできないのだろうか。もう4時半だ、さっさとやろう、と公務員のような感じであった。

2006年

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2011年4月24日 (日)

初春や

初春や

ネアカのびのび

へこたれず

「ねあかのびのびへこたれず」というのは、うちの会社のスローガンだった。結構気に入っていたので、そのまま使ってみた。

当時、会社案内の英訳をやっていてこのフレーズをどう訳したらいいか悩んだ。そして次のように訳した。

Light Heart, Bright Heart and Strong Heart.

いかがだろうか?

1998年

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2011年4月23日 (土)

鬼は外

焦点の

合はぬ会議や

鬼は外

どこの会社でも無駄な会議というものがないだろうか。

根回し済みの会議とか、黙って聞いているだけの会議とか、お互い言いたいことだけ言っている会議とか。

会社という組織は、お互いの主義・主張が同じで集まったわけではないので、いい会議をするのは難しい場所なのではないかと最近感じている。

2007年

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2011年4月22日 (金)

荒梅雨

戦って

なんぼ荒梅雨

降り止まず

私には女剣士の守護霊がついているらしいのだが、仕事中の私はとても男らしい。

普段はふわふわ生きているのだけれど、ガンガン仕事をしているのが嫌いではない。スイッチが入ってしまうと、「会社は戦場、仕事は戦い、私は戦士、何でも来い」という人格になっている。

うちの結社の若手競詠に出す句を作っていたら、なよっとした句ばかりになってしまったので力強いところも見せておかなければ、と思ってくつった句。

2008年

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2011年4月21日 (木)

桜咲く

無邪気な毒を

孕みつつ

私は桜の花が大好きである。何で好きなのか、日本人のDNAに刷り込まれているから
なのか。

そんなことを考えていたら、「桜というのは、無邪気な毒を抱えているからみんなに
愛されるのだ」
というような文章を見た。

純粋無垢のような顔をして、近づくと毒を持っている。だから逃げられなくなるの
だ、と。
深みにはまっていくような魅力なのだろうか。

そんな文章を読んでいて作った句。(盗作?)


2008年

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2011年4月20日 (水)

涼し

将棋士の

参りましたの

声涼し

これは「袋まわし」というゲームをやってできた句。

袋まわしとは、封筒に漢字一文字を書いてまわしていき、まわってきたら、その漢字一字を必ず使って即興で句を作らなければいけない、というゲーム。

この時は「参」という字だった。表参道で句会をしていたので、そこから思いついたということであった。

私は、参から「参る」を思い浮かべ、「参りました」でひらめいた。

あの将棋士の「参りました」の潔さはまことに美しい。涼しいという季語でみんなに共感してもらえた。

2006年

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2011年4月19日 (火)

大暑

荷車も

人も車も

大暑かな

以前、仕事で中国に出張に行った時に作った句。

たしか広州だったと思うが、車道は自動車も、馬車も、自転車も、人も、何でもかんでも走っていた。信号とか横断歩道とか、そんな概念はない町だった。

日本ではそろそろ秋の涼しさがやって来る頃であったが、広州はまだまだ残暑が厳しかった。

2002年 

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2011年4月18日 (月)

白梅や

白梅や

ゆるき指環で

もの想ふ

3ヶ月の闘病生活を終え、久しぶりに家に帰ってきたので指輪をはめてみた。

どの指環もゆるくなっていてビックリした。体重は入院前も後も変わらないのに。

この先のことを考えると、いろいろ不安で心配でついつい考え事をしてしまった。

あれから6年たって、身体は元気になったけれど、何故か指の細さは変わらなくて、指輪は全部ゆるいまま。いつか戻るだろうと思ってそのままにしているのに。

2005年

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2011年4月17日 (日)

にんにく

にんにくを

刻む捨てたき

人のあり

不思議というよりは怪しい・危ないといった感じだろうか。

にんにくを刻みながら、「あの人もこんな風に刻んで・・・」ではなく、「あの人への思いはまだ募っているけれど、苦しいからこんな風に刻んで、粉々に忘れられたら」だったろうか、「もう嫌いになったから思い出をこんな風に刻んで」だったろうか。

お料理をしている時って、頭は暇だから、ついついいろいろなことを考えてしまう。

2005年

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2011年4月16日 (土)

寒の雨

話すこと

などない外は

寒の雨

一緒にいるのにぎくしゃくして何にも話すことが思い浮かばない。

外は寒くて雨が降っていて、もうどうしようもなく哀しくなってくる。

2002年

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2011年4月15日 (金)

夕簾

渇けば水

眠ければ寝る

夕簾

この句を作る少し前、俳句のお仲間から句集をいただいた。
いつも男くさい、いぶし銀のような句を作る方で、
私もこんな風な句を作ってみたいと思っていました。

それで、作風を真似て作ってみたのが
この句。

のどが乾いたら水を飲む、眠くなったら寝る、
そんな自然体でいよう、そういう意味の句です。


2007年

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2011年4月14日 (木)

大暑

駱駝の背に

近づく夕日

大暑かな

以前、私は中東方面に日本食を輸出する仕事をしていた。その関係でUAEに出張する機会があった。

初めて見るアラブの国はとてもエキゾチックだった。都心部は東京都それほど変わらないけれど、ちょっと走ると砂の山になる。そして、その辺に駱駝が寝そべっていた。

日本と違って高層ビルがないので、夕日が沈んでいく時、地平線までずっと見える。車の中からずっと夕日が沈んでいくのを見ていたら、次第に近くにいる駱駝の高さまで夕日が近づいてきた。とても美しい風景だった。

2000年

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2011年4月13日 (水)

かまきり

かまきりの

子もかまきりや

鎌を振る

これは何と稲畑汀子さんから特選をいただいた句。
私にしては珍しく、きちんと物を観察して作ったのだが、
観察することの大事さを思い知った。

私の部屋のベッドの上にカマキリの赤ちゃんがいたのだ。
ほんとに小さいのに、姿かたちは一人前のカマキリで、
大人がやるようにカマ形の手を動かしていたのだ。


1999年 芭蕉忌顕詠俳句大会 特選

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2011年4月12日 (火)

小春

僕の声

忘れたのかと

問ふ小春

普通に受け取ると、恋の句のように思われるだろう。
別れた恋人から、久しぶりに電話を受けたような。

でも事実は全く違って、会社で転勤したおじさんから
久しぶりに電話を受けた、というだけ。

でも、読む側が恋の句と受け取ってもらえるなら、
それもいいかな、と思って作った。

この句は黒田杏子さんが入選にとって下さったが、
きっと恋の句だと思ったに違いない。

2000年 都留市俳句大会 入選

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2011年4月11日 (月)

国痛し

されど必ず

花は咲く

「何があっても必ず春はやってくるんだ」と花たちが応援してくれているように見え
る。
私の家の近所の桜は他よりも早く、震災直後に咲いていた。
かれんな桜が、応援しようと一生懸命早くやってきて、気持ちを伝えたがっているよ
うに私には見えた。

震災から1カ月。早くも私はその「春」を東北に感じた。
わずか数日の間に、鉄道の復旧、高速道路の補修、がれきの整理、
1か月前の写真と比べると、早くも街は復活してきている。
素晴らしい生命力ではないか。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2011年4月10日 (日)

曲水や

曲水や

挨拶もせぬ

説教師

季語の使い方があまりよくないけれど。

お寺の敷地内を歩いていたら、徳の高そうなお坊さんが弟子たちを随えながらきたので会釈をした。それなのに、その坊さんは無視していってしまった。こんなやつが偉そうにみんなの前で説教してるんだろうなと思ったら、ちょっとカチンときて作った句。

1999年

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2011年4月 9日 (土)

日なたぼこ

昼月も

兎が居りぬ

日なたぼこ

天気のいい日、白く月が見えることがある。
気持ちよく日向ぼっこをしていたら、「きっとこの月にも
兎がいるんだよな」などと思ってしまった。

1999年 NHK九州 佳作

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2011年4月 8日 (金)

明日があるさ

夏スカートを

新調す

多分、この時期いいことないな、なんて思っていたんだと思う。

でも、きっと素敵な明日がいつかやってくる、そう信じて、この先にはくためのスカートを買ったのだ。

今、震災で苦しんでいる人たちに届けたい。

2002年

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2011年4月 7日 (木)

満月

満月や

濃厚はちみつ

専門店

月とはちみつを取り合わせて並べているだけだが、
それがいい感じでついていていいよね、と評された。
私は月を見ているのが好きだが、この時の月は本当に
蜂蜜のように見えて思わず作ってしまった。

2008年

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2011年4月 6日 (水)

文化の日

何となく

上野へ向かう

文化の日

自分がいつもそうしていることをそのまま句にしてみたのだが、
思いのほか共感してもらえた。

正統派なようで、滑稽な感じが出ている。俳句らしい俳句かもしれない。

東京句会といって、毎月関東圏の会員100名くらいが集まる句会で
5点入った。自分の中では最高得点で嬉しかった。

1999年

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2011年4月 5日 (火)

破魔弓

破魔弓や

信濃の水は

肌を刺す

私は正統派の句はあまり作らない。

でも、正統派があってこそ邪道だと思うので、時々はしっかりものを見て写実的な句を作るようにしている。

この句は数年前に初詣に諏訪大社に行った時に作った句。お手水は長野の冬というだけあって本当に冷たかった。何か尖ったもので刺されている感触。そうだ、ちょうど破魔矢という新年の季語があるではないか(破魔弓は傍題:破魔矢のバリエーション)、と思ってできた句。

2007年

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2011年4月 4日 (月)

片蔭

あこがれや

片蔭に抱く

ビジネス書

私はちょっと前まで仕事の句がまったく作れなかった。

私の結社誌でたまに「若手競詠」特集がある。だいたい10数名いて、みんなサラリーマンだったり、子育て中の主婦だったり、自分が日常中心に行っている仕事というものが見えてくる句を必ず入れてくる。

でも、私ひとり風変わりな句ばかり作っていて、きっと人から見ると「この子は普段何をしている子なんだろう」と思われていただろう。

そんなコンプレックスを抱えていて、やっとできたのがこの句。

昨年くらいからビジネス書を読むのが好きになったが、その少し前、夏の暑い日でもビジネスマンは難しい本を抱えて公園の日陰で読んでいたりする。あんなの読めたらかっこいいだろうな~なんて思っている頃、この句ができた。やっぱり興味を持つことが大事なんだと改めて思った。

この句で賞を取ることができて、ちょっとほっとした。

2010年

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2011年4月 3日 (日)

みつばち

愛社精神

みつばちブンブン

働きぬ

この句を見た同じ結社の仲間は、「ぶんぶん働くなんてかわいい」と評した。

私はみつばちを眺めていたら、それがサラリーマンの姿に重なって見えたのだ。

何も考えずに、みつばちだからブンブンだったのだが、思いがけず人に評価してもらえた句。

2006年

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2011年4月 2日 (土)

ほうたる

さみしいを

形にすれば

ほうたるや

ほうたるとは、蛍のこと。

当時、仲良くしていた人が転勤することになって、とても寂しい思いをした。

蛍がはかなげに天に向かって飛んでいく様子を見ていたら、まるでその寂しい気持ちを現しているかのように見えた。

2008年

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2011年4月 1日 (金)

風炉

風炉の音の

静かになりぬ

午后の茶座

俳句の季語にはお茶の世界の言葉がたくさん出てくる。でも、実物を見てみないと何のことだかよくわからない。それで、ずっと前から興味があって、昨年やっとお茶を習うことにした。

朝 炉に炭をくべてお湯を沸かす。その時はとても激しい音をたてる。それが午後ともなると炭も落ち着き、お湯も沸いているので静かにことことしているのみ。

そんなゆったりした空間を詠んでみた。

2010年

| | コメント (0) | トラックバック (0)

« 2011年3月 | トップページ | 2011年5月 »